おでこを洗う

茶店でアイスコーヒーを頼む機会が増えてき増した。
そういう季節です。
ブレンドよりアメリカン、ホットよりアイス。
さっぱりの、加減が繊細になる季節。


本を読みながら、ふとアイスコーヒーのグラスに眼をやると、表面に粒粒の水滴が垂れはじめていました。


涼しくて、「つつつ。」って響きがグラスの表面をなぞります。




水滴を。 
中指ですくって。




湿った指の先だけ、部屋の奥のクーラーから運ばれてきた冷気を感じ取ります。(店内にいる女の子たちの、溜め息やお喋りの透き間を律儀に縫って、僕の指先にお辞儀する冷気)



ぁぁ。
気持ちがいいな。



瞬間、僕は水のついた中指で、自分のおでこをなぞりました。
ほとんど無意識で。



中指の水だけで、おでこを完璧に洗います。




水で線を書いた部分だけ、おでこの皮膚が透明になって。
そこに喫茶店の窓から覗いた空やら、風やら、樹やら、道を歩く人たちが映りこみます。


鏡のおでこ。


それで僕は、世界が見渡せたような錯覚を覚えます。




おでこだけ。が涼しいのです。そうやって、僕は世界と自分がずれていることを確認したりします。



この茶店で、だれも僕を相手にしない。
この東京で、だれも僕を相手にしない。
この日本で、だれも僕を相手にしない。
この地球で、だれも僕を相手にしない。




素敵。
と囁いて、アイスコーヒーのグラスを粉々に壊す感覚。