おこないの素材
その女性は、横断歩道を、渡れませんでした。
若い母親で、赤の乳母車を押していました。
小さな赤ちゃんを乗せて。
母親の行動の中心は、その赤ちゃんに支点があります。
で、その支点が働いたんですね、くいっと。
信号は、青→黄色。
(信号の色の変化というのは、青空が夕空に変わるみたいに、或いは虹の七色の曖昧な境界線のように、自然な色の移ろいに似ているものだと思います。)
瞬間、渡ろうとしたお母さんは、乳母車を横断歩道の途中まで走らせて、それから支点の働きによって、元の位置に戻されました。
“赤ちゃんを安全に運びたい”
母性です。ただそれだけによって、行動の原理が決まっていく様子は、単純でたいへん美しいものだと感じました。
自然なおこない。
おこないの「素材」。
そういう人のおこないの生成が、昼間の横断歩道で、密やかに証明されたんだよ、今。と自分に言い聞かせました。
おこないの「素材」とうのは、恐らく簡単に見過ごしてしまうくらい当然のものなので、やはり注意と確認が必要です。
■ 母親は、横断歩道の途中で、赤ちゃんと共に引き返した。
そういったことの積み重ねで、たった今、世界が成立しているっていうこと。
それだけは、忘れないようにしたいな、と感じました。
そうしたらきっと、寿命の切れた電球を切り替える時にだって、電車の切符を買うときにだって、ごく自然に「素材」を発見できるかもしれません。
そしたら、ラッキー。