アストロ・ムービーコンテストのご報告

企業特別賞として、キネマ旬報賞を頂きました。この場を借りてご報告と、関係者へのお礼申し上げます。

ハイクオリティの映像美が基準のこのコンペで、僕のようなエゴの強いアニメーションを選んで頂いたのは奇跡に近いものがあります。審査員の方も随分悩んだのではないでしょうか、理解を示していただいて、本当にありがたいことです。










あー、さて、今日はいいものを見ましたよ。



解体を見守る少年。
家の近くに、家を壊そうとしている場所があって、そこを単なる“場所”と僕が呼ぶのは、もう家としての意味を成していないからで、廃屋のように朽ちて侘び寂びしているわけでもなく、本当にただ淡々と間延びしている、場所。


場所、がようやく取り壊しの工事に懸かっているところでした。
解体して、場所。を再び、場所。と呼ぶために、世の中ではずい分と異音同義の工事が行われているようです。(たった今<工事>という文字を“恋路”と打ち間違えてしまったよ!げへへー)



で、解体Showを、たった一人で見守る少年が、本当に一人。
じっと、壊れる過程を見守っていて、誰も見つけられなかった意味を、そこで確認しているようでした。何かのShowを見るように。僕には見えない、Show。(現象の能動的分析をShowと定義するなら、廃屋を目の前にした人間で廃人になる奴は、Showを見る資格なんて、ないんだからもう、しかもそれぼく)


見えないのが悔しくて自殺しようと思ったんですけど、やっぱりそんなことは冗談で、少年だけは未だに、永遠に真剣なのです。僕はこのままだと、恋路を外れそうですだれかたすけてキテレツサイさま。




このまま一緒にいると、僕がますます冗談染みて、少年だけが真実に近づくので、それがなんとなく怖くなって、もっとその少年を客観的に見ている必要も感じていたのですが、僕は解体のプロセスから離脱することにしました。




離れると、体が少し楽になって、少し硬くなりました。