鬼と鬼見る女の子

バスッ、ボスッ、、、、ド、ゴ、ズドッ。



真夏のジム。


道路沿いに建てられたそのジムは、ガラス一枚隔てて、筋骨逞しい若い格闘家たちの荒々しい稽古の空気を歩行者に伝えます。

その空気を吸うと分けもなく緊張してしまって、体中の関節が硬くなったような気がします。
だから、ジムの前を通り過ぎるのに時間がかかってしまって、これがなかなか一仕事なんです。




僕よりもずっと若く、あどけなさも野心も満ち溢れた肉体。

汗と一緒に、精神も噴き出ています。

持て余すようにその肉体を無造作に振り回す青年が、何度もサンドバックを蹴り上げる、その脚の残像。




ド。ン。。。。。。ズドン!!!




一瞬地面が揺れたような気がしたのです。

その刹那、僕の視界の下の隅っこに、一つの小さくてサラサラの髪の毛が映りました。


なんだ?


まだ小学生にも上がっていないくらいの少女が、ジムの中の鬼を、じっと見つめていました。
物質としては硬質なもので彩られたその空間の中で、唯一軟質な少女が、その硬度のコントラストによって異様に映えて見えました。(こういうニュアンスを絵で描けたら凄いのに!)


僕は、彼女はあれが怖くないのだろうか、と疑いました。


けど、その子は全く動じる気配がありません。鬼をただ見つめるだけです。
自分のお兄ちゃん(お父さん?)が練習している間、外で待っているでしょうか。



一つ確信したのは、何の理由があれ、それが少女の日常の一部になっている、ということでした。




・ご飯を食べるように、鬼を見ること。


・歯を磨くように、鬼を見ること。


・髪の毛を洗うように、鬼を見ること。





そう感じた瞬間、急に硬かった僕の関節が柔らかくなって、それでジムの前を颯爽と駆け抜けていったんだよ。


鬼見る少女の日常を背中に感じながら、僕は全速力で僕の日常に戻っていきます。(日常と日常の交錯地点は、イメージの発生現場ですね)



一つの映画を見終わったような気だるさを覚えて、そういう時は、日陰の涼しさをよく感じられるんです。