20mタクシー

深夜3時。仕事を終えて六本木から三軒茶屋へ、タクッシー。最近多いです。


今日は一寸ラッキー。よく喋る運転手さんだったし、僕も激務の割にそこそこ機嫌が良かったから。というか、諦めですかね。諦めた心に、真夜中の運転手さんの声は、抵抗なく入り込んできます。不気味に優しい、湿ったトーン。


運転手さんは、最短運転距離の話をしてくださいました。


「おばあちゃんがね、乗ったんですよ。病院行きたいからって云って。だから乗せんたんですけど、20m坂道を昇ったらもう病院で、そこで降ろして下さいって。早いですよねー!最初に云ってくれればメーター切らなかったですよ、そりゃあ。でも、おばあちゃん、自分の家から20mのところに家構えてるのに、病院通うのに、結局タクシー使わないといけないくらい、弱ってんたんですよねぇ。可哀相だよねぇ。」


その他に、信号を青の時間内に横断し切れなくて、向こう側に渡るだけでタクシーを止められたこともあった、という話もして下さいました。

 

例えば、20m先の目的にたどり着けない。



或いは、信号があって、でも横断歩道に取り残される。



“老い”・・・老いだなぁ。


タクシーの運転手は、走る距離で、色んな人生を見ているのだと思いました。タイヤの回転が罪深く、短ければ短いほど、死も近いのでしょうか。


しかし、タクシーに看取られる死、というのは、基本的に老衰による体力低下にあたるので、それはそれで幸福の証なのかもしれません。20mが。






そして。






帰り際に、運転手さんは、自分が胃がんで、胃の2/3を切り取ったのだ、と素っ気なく云い添えて下さいました。